カカとダルトン
  [3]【邂逅 その1】 
   〜 様々な出会い。その相手は必ずしも善人とは限らない。 〜  

ダルトンはひとり、街に出ていた。
雨の多いガイア世界であるが、雨季であろうが乾季であろうが一日に何度かは必ず
雲の切れ間から光りが射す時がある。
太陽が中空に位置する今も、まさにその内の一つであり、ガイアの街が最も活気に
溢れる時でもある。
商人の呼び込み、人々の世間話や笑い声。
そして何かの破壊音と、ちょっとした悲鳴。
行きかう人々それぞれに行き先があり、何かをするために足を早める。
街の日常、いつもの景色。
行き交う人々に紛れ、ゆっくりと通りを歩いていくダルトン。
ディアス・パターンの体現者。最強の遂行者はその風景に何を想うのだろうか。
今日という日を、一生懸命に生きる。
その至極当たり前の事が、この世界では努力がいる。
ちょっとした揉め事で、命の遣り取りが簡単に起こり得る世界。
生が当たり前なら、死も当たり前。
人々はその意味を認識し、生ある今日を生きている。
それは、人々の「意思」の共生。
この街はそのすべてを受け入れ、今日も息づいている。
彼が足を止めたのは、まるで一街区を占めるかと思える程の規模の巨大な平屋の前。
辿り着いたのは、この街で一番人が集う場所。
平屋のほぼ中心で構えられている観音扉が玄関であろう。
躊躇することなく、その扉を押し開けるダルトン。
大通り以上の喧騒と、視界いっぱいの広間が訪れる者を迎える。
ここは、通称「サン・ルナ」。
遂行者「ギルド」、その本部である。
中は様々な種族の人々でごった返していた。
この広間は、サン・ルナの「待合室」。
受付越しに、涙ながらに何かを訴えている人間の老婆。
静かに眼を閉じて自分の順番を待っているエルフの男性。
言い渡された「依頼の結果」に激昂している水辺人の二人組。
叫んでいた竜人族の女は、係員らしき男達に腕を摑まれ連れ去られて行く。
朝・昼・夜を問わず、今日もサン・ルナは大盛況だった。
そんないつもの風景を横目に、周囲を見渡すダルトン。
何かを探すかのような彼を、館に入ってきた時から見詰める一対の眼があった。
遠くから見ていた一人の女がダルトンに向かって足早に近づいていく。
ダルトンも気付く。視線が合う二人。
微笑みを浮かべる人間の女性。
「お久しぶりね、ご機嫌いかが?」
作っている笑顔ではない。
この「サン・ルナ」を統括している種族の代表、四人のうちの一人。
人間族代表のイヴァンヌである。
歳の見た目はダルトンとほぼ同じ。小さく纏めた長い髪が細身の体を強調しているが、
それでいて、周りを圧倒するかのような存在感を醸し出している。
その源泉は彼女の両眼にあった。
瞳に湛えられた不可視の輝き。
鉄の意志を感じさせるそれに見据えられた者に、自分の意思を押し通すのは不可能。
特別な力等では無い。生まれついての意思の強さの賜物といえる。
彼女を知る者、全員が並んで同じ事を言うだろう。
その眼は口以上に雄弁なのだ。
旧知の間柄なのか、小さく片手を上げるダルトン。
だが、
「・・『梟』を見なかったか?」
と、挨拶のそこそこに、いきなり尋ねる。
イヴァンヌはこれ見よがしに、はぁ、と溜息を付き、
「相変わらずなのね。こういう時は久しぶりに遭った友人には、元気か? とかの
近況を聞いたりするものよ?」
「・・・」
答えないダルトン。
だがイヴァンヌは怒らなかった。これがいつもの事だと理解していたから。
再び溜息を付き、
「・・来ているわ、下の広間にいるわよ。」
言いながら、落ちてくる髪を撫で付ける。
いささか艶かしい、その振る舞い。
人間の女性だけが備え持つこういう仕種。いや、人間の女性だけがそういう印象を他人に
与えるのか、論議が分かれるが、イヴァンヌにとっては知らない内に恩恵を受けている
と言える。
意思の強さだけでは生きていけない。このガイア世界では尚の事。
イヴァンヌがその命を永らえ、サン・ルナで地位を得ているのは、その特有の仕種と、
彼女が醸す雰囲気の整合が取れているからであろう。
そんなイヴァンヌに、そうか、と言って軽く頷くダルトン。
その仕草はまるで、話はこれで終わり、とでも言う様だ。
肩を竦めるイヴァンヌ。彼女もダルトンの性格が解っていた。
じゃあ、と言い残し、踵を返し仕事に戻っていく。
イヴァンヌとの短い再会を終え、待合室の奥へ向かうダルトン。
人々を掻き分け、扉に辿り着く。ここから先は関係者専用だ。
扉の前に立つ守衛らしき二人の男が、やって来たダルトンに一礼する。
彼の実績と評判は末端の構成員にも轟いているようだ。
守衛の脇をすり抜け、待合室を後にするダルトン。
扉の先に現れた狭く長い階段を地下へと降りて行く。
降り切ったところから続く短い廊下を通り抜けると、更に景色が一変する。
先の待合室とは比べ物にならない程の大広間が現れる。
四方の壁には、半円型の天井を支える為の、見事な彫刻が施された柱が均等に並び、
またその天井には大月と小月、そして太陽を模した意匠が煌びやかに存在感を主張し、
建物でいうと三階分ぐらいの高さに相当する壁面は、様々な絵画・人物画で
埋め尽くされ、初めて訪れた者を圧倒する。
廊下を抜けて真正面、突き当りの壁前は少し段差がついており、真ん中には豪華な意匠を施した椅子が置かれている。遠目に見ると、さながら舞台といった印象を受ける。
その舞台を囲むように幾つかと、壁際の柱の前に一つずつ机が置かれ、それぞれに
人が座って何かをしている。
人々は書類を手に、あるいは木箱や布袋を持ち、机から机へと行ったり来たりしている。
「サン・ルナ」とは、今でこそ組織全体の代名詞であるが、もともとこの場所の事を指す。
ここがまさにギルドの中心であり、組織の総てを司っている場所なのである。
ダルトンは迷う事なくある場所へ向かった。通路より入って左側の壁、その中ほど。
名称「右側4番柱」 遂行者専用の情報供給窓口である。
「ダルトン・シューマだ。 ・・提供者『梟』が来ているはずだが?」
机越しに声を掛けられ、書類と格闘していた男が顔を上げる。
頬骨が突き出た輪郭に大きく見開かれた緑色の瞳。
水辺人の特徴を色濃く持った男は折畳まれた紙を差し出した。
「・・あんたに彼から伝言を預かっている。これだ。」
男から紙片を受け取り、眼を落とすダルトン。
その紙には短く、こう綴られていた。
『ボルタックスで待つ。梟』
水辺人の男は既に去り始めたダルトンの背中に向かって一言付け加えた。
「『急いでくれ』だってよ。」

伝言に導かれ、サン・ルナを後にするダルトン。
ボルタックスとは、通りを挟んで正面にある酒場の名称。
増えた道行く人々の合間をすり抜け、酒場の門をくぐるダルトン。
サン・ルナの待合室に負けないぐらいの喧騒が出迎える。
昼間だというのに椅子はほぼ満席、立ち飲み場でさえ隙間がない。
だがこれはガイア世界では珍しい光景ではない。
四つの種族が共存している為か、統一された価値観というものが存在しないこの世界。
働くのも自由であるし、酒を飲むのも自由。
生きる事に寛容だが、死も平等に与えられる。
だから人々は、「今」を大事にする。この「瞬間」を謳歌する。
時間を問わず酒場が賑わうのは、むしろ当たり前なのである。
訪れたダルトンを見て、何人かの男が顔を向けた。
その中の一人、奥の方で座っていた人物が立ち上がり手を振っている。
その男は周りの喧騒に負けない声で、
「忙しそうだな、両手持ち。まぁ仕事があるのはいい事だぞ。」
と叫び、ダルトンを手招く。
店内をすり抜け、近付くダルトン。迎える男は両手を広げて待っている。
男との抱擁を間一髪で避け、隣の椅子に腰掛けながら
「久しぶりだな、ランバル。元気そうで何よりだ。」
と、イヴァンヌにはしなかった挨拶を交わす。
ダルトンにしては珍しく言葉に抑揚があった。
ランバルと呼ばれた男も、軽く溜息をつきながら椅子に座り直す。
「お前さんも。いつも通りでうれしいよ。」
どうやら彼は、いつもダルトンと抱き合えないらしい。
ランバルは運ばれてきた酒を手に取り、ダルトンに向かって差し出す。
受け取るダルトン。その器にランバルが自分の器を軽くぶつける。
満面の笑みを洩らす男。
珍しくダルトンも微笑を浮かべる。
ボルタックスで「旧友の再会」が始まった。

ランゴバルト・カイラム
竜人族である彼はダルトンとは旧知の間柄であり、その人柄の良さから種族の壁を超え、
幅広い交友関係を持つ。
彼の職業は、「提供者」。
独自の人脈から情報網を築き、その提供・売買で生計を立てるのが彼らであるが、
ランバルはその質の高さと量の多さから、「提供者」の中でも最上位に入る「梟」の通り名
を許されている。
ダルトンと彼の出会いは、かなり昔に遡る。
ある依頼で、ちょっとした成り行きから組むことになり、ランバルのもたらした
情報がダルトンの命を救い、依頼達成へと結び付いた事があった。
以来、彼らは良き協力者としてお互いを認め合っている。

「そろそろ仕事の話をしよう。さて・・、何から話そうか?」
ひとしきり昔話に華が咲いたあと、ランバルが切り出した。
ダルトンは持っていた酒を台に置き、椅子に軽く凭れ掛かる。
ランバルを見る眼差しが変わり、それまでのくだけた雰囲気は去っていった。
「ユズリキからだ。」
ダルトンの言葉が、ランバルの表情を寂しげなものに変える。
ランバルも酒を置き、姿勢を正す。
「相変わらずあの樹に関しての情報はない。」
ダルトンは一瞬だけ眼を閉じ、その回答を受け入れた。
そこに歓喜も悲観も無い。
「しかし、面白い話ならある。」
ランバルの口許に笑みが拡がる。悪趣味な。
「・・もったいぶるな。」
露骨な嫌悪感を示し、ダルトンが先を促す。
ダルトンの嫌そうな表情に満足したのか、ランバルは上機嫌で話を続ける。
「昨日から『小月旅団』の『赤』の隊がこの街に滞在しているだが、その団員の
 キャセルという女が、どうやら生き返ったらしい。」
「生き返った?」
聞き慣れない言葉に、思わずダルトンが聞き返す。
「うむ、言葉の通りだ。彼らの話はこうだ、旅団が街道を移動中に山賊に襲われた。
 応戦中、山賊の放った矢がキャセルを貫き、彼女はその場で崩れ落ちた。しかしだ。」
疑いの眼差しを向けるダルトンにかまわず、ランバルが身を乗り出す。
「間違いなく致命傷だった。しかし彼女は起き上がり、何事もなかったように山賊を
 撃退し始めた。どうだ、興味あるだろう?」
ダルトンはうつむきながら左の肘をつき、指で額を二、三度叩き溜息を付いた。
あからさまな意志表示に慌てるランバル。
「おいおい、信用していないのか?『提供者』の情報だぜ?まぁ、信じる、信じないは
お前の勝手だけどな。もし疑うなら、小月旅団はまだこの街にいる。これが宿の場所だ。
直接、彼らに話を聞いてみろよ。」
ランバルは小さい紙切れをダルトンに渡し、手にした酒を一気に干しながら大声で笑った。
人なつっこい笑顔である。
疑われた事などお構いなしである。
この陽気な性格も、彼が慕われる理由の一つだろう。
憎めない男なのである。

つづく



このページを友人に紹介する。
         
 
最新情報
★ [8]【晩餐】
〜 必ずしも現実は真実とは限らない。眼に映るこの光...
★ [7]【小月旅団】
〜 道を阻まれる旅団。それには何者かの意図があった...
★ [6]【森の奥で】
〜 曖昧な振る舞いは身を滅ぼす。前に進む為には、や...
★ [5]【契約】
〜 成された契約。彼女が聞いた願いはどれ程の数にな...
★ [4]【邂逅 その2】
〜 閃く剣技は、何もひけらかす為ものでは無い。 〜...
★ [3]【邂逅 その1】
〜 様々な出会い。その相手は必ずしも善人とは限らな...
★ [2]【依頼者達】
〜新たな依頼。それは遂行者達を大きな流れに巻き込ん...
★ [1]【登場】
〜 凄腕の遂行者達。彼らが組みするのは弱者ばかりで...
   1   
 
クリック ランキング
  [1]【登場】
  [2]【依頼者達】
  [3]【邂逅 その1】
  [4]【邂逅 その2】
  [5]【契約】
  [6]【森の奥で】
  [7]【小月旅団】
  [8]【晩餐】